お寺でお葬式

お寺でお葬式をした話

新型コロナウイルスによる大混乱ももう2年目。

昨年は異様に思えたアルコールやマスクもすっかり日常に溶け込み、なくてはならないものになりましたね。

幼児二人を子育て中の嫁としては、本当なら縁日の賑わいや花火の音が幼心をくすぐる時期だけに、静かな夏を少し寂しく思っています。

とはいえ子どもはコロナの現状も、そんなイベントが毎年あったことも知る由も無いのですが、それがまた切ないじゃないですか。

どーーーーーん!!

と地面が割れるような花火の音を、またあの雑踏ひしめく名張川で子どもたちに聞かせてあげたいですね。

とまぁ湿っぽい話になってしまいましたが、今日はそんなコロナ渦でのお葬式のお話です。

コロナ渦のお葬式

コロナの影響で、日本のお葬式事情も大きく変わりました。

もともと、コロナ以前から、家族・親族だけの少人数で葬儀を行う「家族葬」の普及でお葬式は小さくなりつつありました。

しかしそれでも大きな会場で地域や職場関係者、友人などを呼んで行う「一般葬」は主流で、根強く支持されていましたし、知らせを聞くと参列されていた方も多くいました。

しかし、コロナウイルス拡大の影響を受け「一般葬」は激減。当家・参列者双方から「家族葬」が支持されるようになり、さらには通夜を行わない「一日葬」、火葬場の炉前で簡易な儀式をする「火葬式」も注目されるようになってきました。

お葬式をお寺でできませんか?という檀家様からの声

そんな中、檀家様からこんなご相談がありました。

「余命宣告され入院している親族のお葬式をお寺でできませんか?」

名張にホール葬が浸透して幾年月……当山も数十年ぶりのご相談でした。

しかし、そうです。世間は「家族葬」一色。

お寺には場所があり、祭壇があり、道具があり、何より僧侶がいます。

「もちろんできますよ」

と快諾しました。

お葬式がお寺の手から離れていった近年

話は少しさかのぼり、私がお寺に嫁いだ6年前ごろ。夫の副住職が寂しそうにこんなことを言っていました。

「葬儀は葬儀業者のものになってしまったなぁ」

そのころ、お葬式は大きく二極化しつつありました。

簡素化/豪奢化です。

都会のほうではいち早く一日葬や火葬式が進み、今まで最低でも3日はかかっていた儀式が、1日で済まされることが増えてきました。ネットですぐに申し込むことができ、「ワンクリックで葬儀業者はおろかお坊さんまでもが手配できる」と話題になっていました。

一方ホールで行う大人数の一般葬は、大きな生花祭壇、大きなモニターに移される遺影、豪華な篭盛り、立派な霊柩車、たくさんのスタッフ……ありがたいことに僧侶も高いところにあげて頂き、心づくしの接遇をして頂きますが、次第にお葬式のことを僧侶に相談して下さる方が少なくなってしまいました。

簡素か、豪奢か……。いずれにしろ、葬儀のシナリオを業者さんが書いて、気が付けばお坊さんまでもがそれを演じている現状に、副住職は危機感をおぼえていました。

「お葬式を取り戻したい」僧侶の思い

「そりゃ葬儀業者さんがこれまで培ってきた企業努力や信用のたまものでしょう」

と生意気な(笑)当時の私は言いました。

そんな会話から6年。夫はずっとお葬式をお寺に取り戻したいと考えていました。

ちょうど名張でも家族葬ホールが目立つようになりました。

参列者50人以上の大規模な一般葬をお寺でするのはなかなかハードルが高いけれど、参列者が20人未満の家族葬なら……

そんな中で頂いた「お寺でお葬式を」という声。

何よりお寺を頼って相談してくださったことをとてもうれしく思いました。

お寺でお葬式をして分かったこと

実は、お寺の嫁を6年しておりますが、私が直接、檀家様のお葬式にかかわったことはありませんでした。お葬儀はたいていお上人が会場に出向きますから、お寺にいる私が出来ることはほぼ無いのです。

今回、お葬儀の打ち合わせからお通夜やお葬式など2日間にわたって見せていただいて、恥ずかしながら知らないことが沢山あったことに気づかされました。

納棺師さんのお仕事などは本当に目からうろこでした。

死後硬直の身体がとても固いこと。口の中に入れる含み綿。御棺専用のクーラーがあって、ドライアイスはもう使われないこと。納棺師さんが庭で咲いたあじさいの花をそっと棺の中にいれていること。

先ほどまで「死」の姿そのものであったご遺体が、納棺の儀を終えると驚くほど安らかなお顔になること。。。

昔は身内の方が故人の体を拭いてあげたり着替えさせたりすることもあったそうですが、今はそういったことも専門の方がいらっしゃって、親族ですらご遺体に触れる機会は少なくなりました。

今回、御遺体と向き合う納棺師さんのお仕事ぶりを見て、今までいかに自分がきれいなお骨になった故人ばかりを見て、人の「死」に携わった気になっていたかを実感しました。

そして寺務に携わる私が「死から遠ざかっていた」と実感したことこそが、夫の言う「葬儀がお寺から離れていく」という感覚だったのだと気付かされました。

「家族葬」なら妙栄寺を頼って

お寺で家族葬をさせて頂いたのは今年の6月だったのですが、その後も複数の檀家様からご相談をお受けして、令和3年は3名の方をお見送りさせて頂きました。

お寺の嫁という立場を抜いて、いち一般人としての率直な意見で申しましても、もし20人前後の小さな式をお考えでしたら、お寺でお葬儀というのは「あり」なのかなと思います。

お寺には派手な祭壇やハイテクな設備、至れり尽くせりの接待はありません。ですがシンプルな塗りの祭壇で故人との最後の時間をゆっくり過ごすことができます。

御葬儀費用も、地域の相場より比較的抑えた価格でしていただけると思います。(こちらは妙栄寺に協力して頂いている御葬儀業者様とご相談になります)

今まで檀信徒様の人生の苦楽とともにあった私たちだからこそご提案できることがあります。

 

 

今までのようにお寺が受け身になるのではなく、「当家様」と「お葬儀業者様」と「お寺」が力を合わせて故人の最後のセレモニーを作り上げていくことが出来たら……きっと素敵なお見送りになるのではないかなと思うのです。